「以前はもっと楽に裏声が出ていたのに、最近なぜか裏声が出なくなった」と悩んでいる方は少なくありません。高音がスカスカしたり、声がひっくり返ったりすると、歌うこと自体が怖くなってしまうこともあるでしょう。
裏声が出なくなる背景には、喉の疲労や筋肉の緊張、あるいは歌い方の癖など、さまざまな要因が隠れています。しかし、適切な原因を突き止め、正しいケアとトレーニングを行えば、多くの場合で以前のような透明感のある裏声を取り戻すことが可能です。
この記事では、ボイストレーニングの視点から、裏声が出なくなるメカニズムとその解決策を詳しく解説します。あなたの喉に今何が起きているのかを理解し、無理のないペースで元の美しい声を取り戻していきましょう。
裏声が出なくなった時に考えられる身体的な原因

裏声が出なくなったと感じる時、まず疑うべきは喉のコンディションです。裏声は声帯を引き伸ばし、薄く振動させることで発声されますが、この繊細な動きが何らかの理由で妨げられている可能性があります。
喉の酷使による慢性的な疲労
裏声が出なくなる最も一般的な原因の一つは、喉の使いすぎによる疲労です。長時間歌い続けたり、大きな声を出しすぎたりすると、声帯を動かす筋肉が凝り固まり、柔軟な動きができなくなってしまいます。
特に裏声は、声帯を薄く引き伸ばすための「輪状甲状筋(りんじょうこうじょうきん)」という筋肉を使います。この筋肉が疲弊していると、高音域に必要なテンションをかけることができず、声がかすれたり出なくなったりするのです。
まずは喉に休息を与えることが最優先です。数日間は大きな声を出すのを控え、喉をリラックスさせる時間を意識的に作りましょう。休めることも大切なトレーニングの一環だと捉えてください。
声帯の乾燥と炎症の影響
声帯は非常に繊細な粘膜で覆われています。空気が乾燥していたり、水分補給が不足していたりすると、声帯の表面が乾いてしまい、滑らかな振動が妨げられます。これが裏声の「スカスカ感」の原因になります。
また、風邪を引いた後や花粉症の時期などは、声帯がわずかに腫れている(炎症を起こしている)ことがあります。このわずかな腫れが原因で、声帯がピタッと閉じなくなり、隙間から息が漏れて裏声が出にくくなるのです。
加湿器を使って室内を適切な湿度に保つことや、こまめに常温の水を飲むことを習慣にしましょう。喉の粘膜を常に潤った状態に保つことが、美しい裏声を出すための大前提となります。
自律神経の乱れと精神的なストレス
意外かもしれませんが、ストレスや自律神経の乱れも裏声に大きく影響します。緊張すると喉が締まる感覚を覚えたことはありませんか。これは、ストレスによって喉周辺の筋肉が過度に収縮してしまうためです。
特に裏声はリラックスした状態でこそ輝きを放つ声です。心が緊張状態にあると、喉を吊り上げる筋肉に力が入り、声帯が自由に動けなくなります。その結果、高音を出そうとしても喉が詰まったような感覚になり、声が出なくなるのです。
歌う前には深呼吸を行い、肩や首の力を抜くストレッチを取り入れるのが効果的です。精神的なゆとりを持つことが、身体の緊張を解き、スムーズな発声をサポートしてくれます。
喉の不調や病気の可能性をチェックしよう

単なる疲れであれば休息で改善しますが、しばらく休んでも裏声が出なくなったままの場合、喉にトラブルが起きている可能性も考えられます。ご自身の今の状態を客観的にチェックしてみましょう。
声帯結節やポリープの初期症状
日常的に喉に負担をかける歌い方を続けていると、声帯に「だこ」のようなものができる声帯結節(せいたいけっせつ)や、ポリープが生じることがあります。これらが原因で声帯が完全に閉じなくなると、裏声が特に出にくくなります。
初期の段階では、普段の話し声にはあまり影響が出ないことも多いのですが、裏声を出そうとすると特定の音程で声が裏返ったり、ガラガラとした雑音が混ざったりするのが特徴です。これは声帯の振動バランスが崩れているサインです。
もし、特定の音域だけがどうしても出ない状態が2週間以上続くのであれば、一度専門医にカメラで診てもらうのが安心です。早期であれば、沈黙療法や正しいボイストレーニングによるリハビリで完治することが多いです。
逆流性食道炎による喉へのダメージ
近年、裏声が出なくなった原因として増えているのが「逆流性食道炎」です。胃酸が食道を通って喉まで逆流し、声帯周辺の粘膜を刺激して炎症を起こしてしまう症状です。
寝起きに声が枯れていることが多い、喉に異物感がある、げっぷや胸焼けがよく起こる、といった心当たりがある場合は注意が必要です。胃酸によって声帯がむくんでしまうと、裏声のような繊細な発声が困難になります。
この場合は、ボイトレ以前に食生活の改善や内科的な治療が必要です。寝る直前に食事を控える、枕を少し高くして寝るなどの対策を講じることで、喉のコンディションが劇的に回復することもあります。
加齢による筋肉の衰えと声の変化
年齢を重ねるごとに、全身の筋肉と同様に喉の筋肉も徐々に変化していきます。特に裏声を司る筋肉が衰えてくると、声帯を引き伸ばす力が弱まり、高音が出にくくなることがあります。これを「声の老化」と呼ぶこともあります。
また、ホルモンバランスの変化によって声帯の厚みが変わることもあり、それが原因で裏声の出し心地が変わってしまうこともあります。しかし、これは決して「もう歌えない」ということではありません。
適切なトレーニングによって、衰えかけた喉の筋肉を鍛え直すことは十分に可能です。今の年齢に合った無理のない発声法を身につけることで、若々しく響きのある裏声を維持し続けることができるでしょう。
「裏声が出ない=病気」と決めつける必要はありませんが、身体からのサインを見逃さないことは大切です。違和感が続く時は、プロの力を借りる勇気を持ちましょう。
歌い方やテクニックに潜む問題点

喉の病気ではないのに裏声が出なくなった場合、日頃の歌い方やテクニックに問題があるケースが多いです。無意識のうちに喉に負担をかける癖がついていないか、振り返ってみましょう。
地声の張り上げによる「チェスト張り」
高い音を地声(チェストボイス)のまま無理に押し上げて歌う癖がつくと、喉周辺の筋肉が過剰に発達し、裏声への切り替えがスムーズにできなくなります。これを「張り上げ」と呼びます。
常に強い力で声帯を閉じようとする力が働いているため、裏声に必要な「声帯を緩めて薄く伸ばす」という動作がブロックされてしまうのです。この状態で無理に裏声を出そうとすると、喉が詰まったような感覚になります。
まずは地声のボリュームを落とし、楽な力加減で声を出す練習が必要です。大きな声で歌うことだけが正しい発声ではないということを意識し、喉の力を抜く感覚を再認識していきましょう。
呼吸と発声のアンバランス
裏声は地声に比べて多くの息を必要としますが、その息の量やスピードが適切でないと、上手く鳴ってくれません。息を吐きすぎれば声がスカスカになり、逆に息が足りなければ声帯が振動しません。
特に、お腹の支え(腹式呼吸)が使えていないと、息の圧力を喉だけでコントロールしようとしてしまい、喉が締まります。この「喉締め」が原因で、本来出るはずの裏声が封じ込められているパターンが非常に多いです。
安定した息の流れを作ることは、裏声を復活させるための最短ルートです。リラックスした深い呼吸を意識し、その息の流れに声を軽く乗せるようなイメージを持つことで、裏声の出しやすさは大きく変わります。
共鳴腔の使い方の誤り
声は声帯で生まれた後、口や鼻、喉の奥などの空間(共鳴腔)で響くことで豊かな音になります。裏声が出なくなったと感じる人の中には、この空間を上手く使えていないケースがあります。
例えば、喉の奥が狭くなっていたり、舌の付け根に力が入って奥に引っ込んでいたりすると、裏声が通る道が塞がれてしまいます。この状態では、どれだけ声帯が頑張って振動しても、外に響く声としては出てきません。
「あくび」をした時のように、喉の奥を広く開ける意識を持つことが大切です。空間を確保することで、裏声の成分が共鳴しやすくなり、小さな力でもしっかりと響く裏声が戻ってくるようになります。
テクニックの問題は自分一人では気づきにくいものです。鏡を見ながら喉が上がっていないか確認したり、自分の歌声を録音して客観的に聴いてみたりすることから始めましょう。
裏声を復活させるためのボイストレーニング

裏声が出なくなった状態を改善し、再びスムーズに出せるようにするためには、無理のない段階的なトレーニングが効果的です。喉のリハビリを行うような気持ちで、優しく取り組んでいきましょう。
ハミングによる喉のウォーミングアップ
急に大きな声で裏声を練習するのは禁物です。まずは鼻歌(ハミング)から始めて、喉の奥や鼻腔を優しく振動させる感覚を思い出させましょう。口を閉じた状態で「ム〜」と軽く声を出し、鼻の付け根あたりが響いているか確認します。
ハミングは声帯への負担が少なく、正しい共鳴の位置を確認するのに最適な練習法です。この時、決して喉に力を入れず、ため息をつくようなリラックスした状態で音を鳴らすのがポイントです。
低い音から少しずつ高い音へ、滑らかに音程を移動させてみましょう。裏声の音域に入った時に、喉が締め付けられない程度の軽い響きを保つことが、復活への第一歩となります。
リップロールで息と声帯の連動をスムーズに
唇をプルプルと震わせながら声を出す「リップロール」は、裏声の調整に非常に有効なトレーニングです。リップロールを行うと、口の中に適度な圧力がかかり、声帯が自然に閉じやすくなります。
裏声が出なくなった原因が、息の漏れすぎや喉の締まりにある場合、リップロールを繰り返すことでそのバランスが整います。一定の息の量を保ちながら、裏声の音域を滑らかに上下させてみましょう。
もし唇が途中で止まってしまうなら、それは息が途切れているか、喉に力が入っている証拠です。最後まで一定の振動をキープできるようになることで、裏声に必要な呼吸コントロールが身につきます。
サイレンボイスによる音域の拡大
「サイレンボイス」とは、救急車のサイレンのように、低い音から高い音までを「ウー」や「オー」の母音で滑らかにつなぐ練習です。地声から裏声への切り替えをスムーズにする効果があります。
裏声が出なくなった方は、地声と裏声の境界線で声が詰まってしまいがちです。サイレンボイスでゆっくりと音程を往復させることで、声帯を薄く伸ばす筋肉(輪状甲状筋)を柔軟に動かす練習になります。
ここでも大切なのは、「小さな声で行うこと」です。大きな声を出そうとすると地声の筋肉が働いてしまうため、ささやくような、しかし芯のある繊細な裏声を意識して繰り返してください。
| トレーニング名 | 期待できる効果 | 意識するポイント |
|---|---|---|
| ハミング | 共鳴位置の安定 | 鼻の奥への響き |
| リップロール | 呼気圧の調整 | 唇の一定の振動 |
| サイレンボイス | 筋肉の柔軟性向上 | 小さな声での滑らかな移行 |
喉のコンディションを保つ生活習慣

ボイトレと同じくらい重要なのが、日常の生活習慣です。裏声が出なくなったことをきっかけに、喉をいたわる生活を見直してみましょう。健やかな喉は、日々のケアの積み重ねによって作られます。
徹底した保湿と水分補給
声帯は乾燥に非常に弱いため、内側と外側の両方から潤いを与えることが不可欠です。水分補給は一度にたくさん飲むのではなく、少量をこまめに飲むようにしましょう。これにより、喉の粘膜が常に湿った状態を保てます。
また、外出時にはマスクを着用し、自分の吐く息で喉を保湿するのも効果的です。特に冬場やエアコンの効いた室内では、加湿器をフル活用してください。湿度は50〜60%程度をキープするのが喉にとって理想的です。
寝る時に濡れマスクをしたり、枕元に加湿器を置いたりするのも良いでしょう。乾燥から喉を守ることで、朝起きた時の声の調子が驚くほど安定するようになります。
十分な睡眠と身体のリカバリー
喉も身体の一部ですから、全身の疲労はそのまま声の調子に直結します。睡眠不足が続くと、筋肉の修復が進まず、喉の疲労が蓄積したままになってしまいます。裏声を復活させるためには、質の高い睡眠が欠かせません。
成長ホルモンが活発に分泌される時間帯にしっかり眠ることで、傷ついた声帯の粘膜や疲弊した筋肉が回復します。最低でも6〜7時間は睡眠時間を確保するように努めましょう。
また、身体が冷えると血行が悪くなり、喉の筋肉も硬くなってしまいます。入浴でしっかり身体を温め、リラックスした状態で眠りにつくことが、翌日の良い声を作るための秘訣です。
首や肩周りのストレッチ
喉の筋肉は、首や肩、背中の筋肉ともつながっています。デスクワークなどで肩が凝っていると、喉周りの筋肉も引っ張られて硬くなり、裏声の出しやすさに悪影響を及ぼします。
特に「胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん)」という首の横にある太い筋肉や、肩甲骨周りをほぐすことが重要です。歌う前だけでなく、日常的に首をゆっくり回したり、肩を上げ下げしたりするストレッチを取り入れましょう。
喉周辺の血流が良くなると、声帯に必要な栄養や酸素がスムーズに運ばれるようになります。身体全体を柔らかく保つことが、結果として自由自在な裏声を手に入れることにつながります。
喉に良いとされるハーブティー(スロートコートなど)やマヌカハニーを取り入れるのもおすすめです。自分なりの「喉のケアセット」を決めておくと、安心感にもつながります。
裏声が出なくなった時のためのまとめ
裏声が出なくなったと感じた時、まずは落ち着いて自分の状態を観察することが大切です。多くの場合、その原因は喉の疲労や筋肉の緊張、あるいは呼吸と発声のバランスの崩れにあります。決して焦って無理な練習を繰り返してはいけません。
まずはしっかりと喉を休め、保湿や睡眠といった基本的なケアから始めてください。その上で、ハミングやリップロールなどの負荷の少ないトレーニングを毎日少しずつ行い、喉の柔軟性を取り戻していきましょう。
裏声は、あなたの歌唱表現を豊かにする素晴らしい宝物です。今は一時的に出にくくなっているだけであっても、正しい知識と優しいケアを続ければ、再び心地よく響く高音を取り戻せるはずです。自分の声を信じて、一歩ずつ進んでいきましょう。



